岡山地方裁判所 昭和42年(ワ)432号 判決 1971年2月17日
原告
山室昇
被告
株式会社三宅製菓本店
ほか一名
主文
被告らは、原告に対し、各自五二万一一〇八円およびこれに対する昭和四二年八月一九日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は十分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。
本判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
(原告)
被告らは各自原告に対し、六五〇万円およびこれに対する昭和四二年八月一九日から支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行宣言。
(被告ら)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二、当事者の主張
(原告)
一、原告は、昭和四一年一〇月五日午前九時一五分頃、自動二輪車を運転して川上郡成羽町大字下原地内の県道(幅員約六メートル)を西進中、町道(幅員四メートル)と交差する信号機のない交差点にさしかかつたが、その際、右町道を北進し右交差点において右折しようとした被告郷田章三運転の自動二輪車と投触し、原告は左手の第二ないし第四指に屈曲不能の後遺症を残す傷害を受けた。
二、本件事故は、被告郷田が、右交差点を右折するにあたり、交差点の手前で一旦停車し、前後左右の車両の通行を確め安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然時速二五キロメートルの速度で右折しようとした過失によるものである。
三、被告株式会社三宅製菓本店は、本件加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであり、本件事故は、右被告会社の従業員である被告郷田が被告会社の業務の執行として右加害車両を運転中に惹起したものである。
四、原告は、本件事故による前記傷害の結果、次の損害を蒙つた。
(一) 入院治療費 三万一〇〇〇円
(二) 通院に要したバス代 三〇〇〇円
(三) 人夫賃 一五万七一三八円
原告は、従前、田二反および畑一反を自ら牛又は耕運機を使用して耕作していたのであるが、本件事故による後遺症により自ら耕作することが不可能となつたため、人夫を雇わざるを得なくなつたところ、田畑の牛又は耕運機によるひき賃は、一反当り一人一回一〇〇〇円で年三回すかなければならず、又畑については作物は年間数回変化するので一反当り年間少なくとも一〇人の人夫の補助を要し、その人夫賃は一人七〇〇円であるから、右による原告の出費は年間合計一万六〇〇〇円となる。しかして、原告は本件事故当時満五二才であり、少なくとも満六五才までは右農業に従事しえたとするのが相当であるから、本件事故のため右一三年間の人夫賃合計二〇万八〇〇〇円の出捐を余儀なくされ、同額の損害を蒙つたと言うべきところ、ホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除した一五万七一三八円が本件事故当時の損害額となる。
(四) 慰謝料 七五〇万円
原告は、前記のごとく左手第二ないし第四指に屈曲不能の後遺症を残す傷害を受け、従前の労働能力の七割を喪失したため、将来の事業経営の希望を断たれたのみならず、左手第三指は約一センチメートル短縮し、かつ第二ないし第四指は屈曲不能の伸展位をとり、著しく醜い外観を呈するにいたつたのであつて、原告は、本件事故により甚大な精神的肉体的苦痛を受けたから、これを慰謝するに金銭をもつてするとすれば、五〇万円が相当である。
また、原告は、竹、割木、材木、桐材の伐採を業とするものであるが、本件事故前の左手が健全であつた当時の原告の年間収入は一二六万七〇〇〇円であつたところ、本件事故により、原告の左手は、前記のごとく第二ないし第四指が屈曲不能、したがつて握力がゼロとなつたため、事実上右業務上は全く使用不能となり作業機能を失ない、ために従前の労働能力の七割を喪失するにいたつたので、必然今後の年間収入の喪失額は右一二六万七〇〇〇円の七割の八八万六九〇〇円となる。しかして、原告は、前記のごとく、事故当時満五二才で、右業務についても満六五才まで従事しえたとするのが相当であるから、本件事故がなければ、右年令に達するまでなお一三年間右収益を取得しえたはずであり、したがつて、右一三年間合計一一五二万九七〇〇円の得べかりし利益を喪失したことになるが、これをホフマン式計算方法により事故当時の損害額を算出すれば八七一万〇三九六円となるところ、原告の帳簿記載等の不整備により右年間収入額の立証は困難になつたが、原告は、事故当時、右業務に従事することにより将来にわたつて前記割合による収益を期待していたのであり、それが本件事故のため不可能となり原告の右期待は完全に裏切られた。したがつて、右事由により原告が蒙つた精神的苦痛は甚大であるからそのうち七〇〇万円を慰謝料として請求する。
五、以上、本件事故により原告が蒙つた損害は合計七六九万一一三八円となるが、そのうち六五〇万円およびこれに対する事故発生後であり、かつ各出捐後である昭和四二年八月一九日より支払済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を被告各自に求めるものである。
六、被告ら主張の二ないし四の事実は否認する。
同五の事実は認める。
(被告ら)
一、(一) 原告主張の一の事実中、その主張の日時、場所において、その主張のごとき事故が発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 同二の事実中、事故発生の事実は認めるが、その余の事実は否認する。
(三) 同三の事実は認める。
(四) 同四の事実は知らない。原告主張の後遺症は本件受傷と相当因果関係にあると言えないから、この点に関する損害の賠償請求は失当である。
二、本件事故は原告の過失によつて生じたもので、被告らは加害車両の運転に関し注意を怠つていない。
すなわち、本件事故は、原告主張のごとく加害車両が前記町道より一旦停車をなさずに漫然右折進入したため発生したものではない。被告郷田は、前記県道に入るため前記交差点において一旦停車をなしていたものであり、その際前輪が僅かに前記県道上にはみ出していたにすぎず、それとても人家の密集した見通しの悪い本件交差点において、左右を見通し安全を確認するためやむをえずとつた処置であつた。
ところが一方、原告は本件事故直前、前記県道上に、その進行方向の前方に停留中の大型バスを本件交差点手前で右側から追越し、道路中央右寄りを走行していたものであるが、背後から前記大型バスが迫つてきたため、前記県道は時速三〇キロメートルの速度制限が施されているのに、速度を時速四〇ないし五〇キロメートルにあげて前記交差点を通過しようとし、ハンドルを急に左に転把したため、停車中の加害車両を避けえず本件事故を惹起したものである。たとえ優先道路を走行している場合といえども、前記のごとき交差点においては徐行し、脇道から出てくる車両に注意し、よつて事故の発生を未然に防止すべき義務を負うものであることは明らかであるにもかかわらず、これを怠り、漫然ハンドルを左に急転把したことが本件事故の主たる原因である。
三、仮りに、被告郷田に過失があるとしても、本件事故は主として前述のごとき原告の過失に基づくものであるから、損害額の算定にあたつては、この点を斟酌すべきである。
四、仮りに、被告らが原告の後遺症による損害についてまで賠償すべき義務があるとしても、それは原告の治療上の不注意によつて生じた結果と言うべきであるから、この点に関する損害額の算定にあたつては、右不注意の事情を斟酌すべきである。
五、原告は、本件事故につき、治療関係費、慰謝料、休業補償費、後遺症補償費として、五七万三八九二円を、自動車損害賠償保障法所定の責任保険から給付されている。
第三、証拠〔略〕
理由
一、原告主張の日時場所で、その主張の本件事故が発生し、原告が負傷したこと、被告会社は本件加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供するもので、本件事故は、被告会社の従業員である被告郷田が、被告会社の業務の執行として加害車両を運転中に惹起したものであることは、当事者間に争いがない。
右事実に、〔証拠略〕を総合すれば、次の事実を認めることができる。
本件事故現場は、成羽町の市街地を東西に通じている幅員約六・三メートルの県道と、南北に通じる幅員約四メートルの町道とが交差する交通整理の行なわれてない交差点であり、被告郷田は町道を北進し、同交差点を右折しようとしたのであるが、同交差点の周囲は人家が建ち並んでいるため極めて見通しが悪く、また町道の交通量は閑散としているのに比べ、県道は幹線道路として交通量が多いのであるから、同交差点内に進入し右折する際には十分左右の安全を確認して、しかる後進入すべき注意義務があるにもかかわらず、右注意を怠り、何ら左右の安全を確認することなく、同交差点内に自車の車体を約一メートル進入させ、そこではじめて一時停止したが折から県道を時速約二五キロメートルの速度で右方から西進し交差点に進入して来た原告運転の被害車両のハンドルに自車の前照灯付近を接触させ、よつて原告の左手指に傷を負わせた。
右のように認められ、他に右認定に反する確証もない。
そうすると、本件事故は、被告郷田の右過失に起因するものと言わなければならないから、本件事故によつて生じた損害につき、被告郷田は民法第七〇九条により、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、これを賠償すべき義務がある。
二、〔証拠略〕を総合すれば、次の事実を認めることができる。
原告は、本件事故後直ちに近くの成羽病院に赴いて左手指の小切創数ケ所の縫合処置を受け、翌一〇月六日より川上町所在の川上診療所に通院し治療を続けていたところ、左第三指(中指)を中心として腫脹、化膿がひどくなり、同月一一日には切開して排膿するなどの処置を要するにいたつた。そこで、翌一二日、成羽病院において左手蜂窩繊炎、左中指骨髄炎ということで切開手述を受け、同日より同年一一月一四日まで同病院に入院し、退院後昭和四二年二月二八日まで二六回、その後一回合計二七回通院し治療を受けたが、左第二ないし第四指に屈曲不能の後遺障害を残すにいたり、自動車損害賠償保障法の責任保険より同法施行令別表第八級(昭和四一年政令第二〇三号による改正のもの)に該当する後遺障害として保険金の支払を受けた。
右のように認められ、他に右認定に反する確証はない。
右事実によれば、原告の左手指の後遺障害は、本件事故による受傷が原因となつて生じたものであることは明らかであるところ、それが原告の当初の受傷との間に相当因果関係があるか否かにつき、検討するに、原告は受傷後川上診療所において治療を続けていたにもかかわらず、右後遺障害の結果をみるにいたつたものであつて、このような治療がなされているという事実の存する限り、右治療方法に欠陥があつたとか、あるいは原告自身療養の過程になんらかの落度があつたとかの事情を認めるべき確証のない(後述)本件の場合においては、相当因果関係ありと認めるべきであるから、これによる原告の損害もまた被告らにおいて賠償の義務があると言わなければならない。
そして、右認定にかかる後遺障害の部位、程度等からするならば、原告は、右により、労働能力を二五パーセント喪失したものと解するのが相当である。
三、〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故により次のような損害を蒙つたことが認められる。
(一) 入院治療費および通院の際の交通費
原告は、前記成羽病院および川上診療所に対し、入院費および治療費として、当時、合計三万〇三二八円を、また通院に要するバス代として合計三〇〇〇円を各出捐した。
(二) 逸失利益および慰謝料
原告は、本件事故当時満五二才の男子で、当時、一ケ月当り延べ一〇数名の人夫を雇つて山の木材等を伐採、加工し、割木、竹を販売して収入を得るかたわら、田二反、畑一反を耕やして生計を営んでいたものであるところ、本件事故により前述のような後遺障害が残り、労働能力を二五パーセント喪失したものであることが認められる。
ところで、原告は、右労働能力の低下により、右田畑の耕作作業に支障を来たすにいたり、右田畑の耕作による収益を事故前と同様に維持するためには、人夫を雇い、その費用として、年間、田畑の引き賃九〇〇〇円、畑のその他の人夫賃七〇〇〇円合計一万六〇〇〇円の出捐を要すべきところ、原告は前述のとおり労働能力を二五パーセント喪失したに過ぎないからであから、そのうちの二五パーセントの四〇〇〇円の限度で相当因果関係の存する損害というべきである。そして、原告は、事故後少なくとも一〇年間は右損害を蒙ると解するのが相当であるから、ホフマン式計算方法(年別単利)により年五分の割合による中間利息を控除した三万一七七九円(一〇年のホフマン係数を七・九四四九として計算。円未満切捨。)が事故当時の原告の蒙つた損害となる。
また、原告は、主として木材等を伐採し、割木、竹等を販売して生計を営んでいたものであるが、右による収益額については原告の帳簿の不整備により明確に認定できず、したがつて、原告の前述の後遺障害による逸失利益額が算定できないので、その事情を勘案し、前述の原告の後遺障害の程度その他本件事故に介在する事情を考慮すると、原告が本件事故により蒙つた肉体的精神的苦痛を慰謝するに金銭をもつてするとすれば、一五〇万円が相当である。
四、さきに認定したように、本件事故は被告郷田の過失に起因するものと言わなければならないが、しかし、前顕各証拠によれば、原告においても、道路の幅員から自己のほうに優先通行権があると解することができるとはいえ、極めて見通しの悪い本件交差点にさしかかつたとき、何ら減速の措置を取ることなく時速約二五キロメートル程度の速度で、しかも、左方の安全を確認することなく、漫然と、進路を左に寄せて通過しようとした過失があることを認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信しがたく、他に右認定に反する確証もない。そうすると、右原告の過失は、本件損害賠償額を算定するに際してこれを斟酌すべきものであり、その程度は約三割の控除をもつて相当とするから、結局原告が被告らに対して請求しうべき損害額は、前記三の(一)の損害につき二万三〇〇〇円、同(二)の損害のうち逸失利益につき二万二〇〇〇円、慰謝料につき一〇五万円と認めるのが相当である。
なお、本件事故直後に治療を受けて後、受傷部分の取扱いにつき原告に過失があつたとの確証が認められないので、その点につき過失相殺することはできない。
五、しかるところ、原告は、本件事故の損害につき、自動車損害賠償保障法による責任保険より、五七万三八九二円受給していることは当事者間に争いがないから、原告の被告らに対する本訴請求は、五二万一一〇八円(二万三〇〇〇円+二万二〇〇〇円+一〇五万円-五七万三八九二円)およびこれに対する本件事故後でありまた前記各出捐の後である昭和四二年八月一九日から支払済みにいたるまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める部分に限つて理由があるから、右限度において認容することとし、その余は失当であるから棄却すべきものである。
よつて、民訴法九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 裾分一立 米澤敏雄 近藤正昭)